レビー小体型認知症(DLB)を発見したのは、小阪憲司先生(2023年3月16日ご逝去)です。この連載コラムでは、小阪憲司先生の業績を中心に、DLB診療の進歩について、医療・医学に詳しくない方でも理解しやすいように努めて記述していきたいと思います。(文責:鵜飼克行、総合上飯田第一病院・老年精神科・部長)
連載:第15回
DLBDに関する国際ワークショップの開催(その1)
1995年、びまん性レビー小体病(DLBD)に関する第1回目の国際ワークショップが、英国イングランドのNewcastle upon Tyneで開催されました。この会議で、議論の末、レビー小体型認知症(DLB)」という名称が決定されました。
実は、小阪先生は「DLB」という名称に不満を持ってみえたのですが、「決まってしまったものはしょうがない」と苦笑されていました。
1996年、このワークショップでの成果が「DLB臨床病理診断基準」として、世界に発表されました。これを扱った論文で、DLBは小阪先生のLBD分類に基づいて、(1)新皮質型、(2)移行型(辺縁型)、(3)脳幹型、の3型に分類されました。

(アムステルダム中央駅 筆者の息子が出張中に撮影、2024年)
1997年の第2回DLB国際ワークショップは、オランダのAmsterdamで開催されました。
このワークショップで、小阪先生は「びまん型」「移行型」「脳幹型」に続く「第4の型」である「大脳型LBD」を提唱して、それもDLB分類に採用されました。
「大脳型」とは、大脳皮質のみにレビー小体が多く分布していて,脳幹にはほとんどない型のことをいいます。
他にも、DLBは「うつ病と誤診されやすい」「REM睡眠行動障害(RBD)が高率で認められる」などの重要な臨床所見が確認されました。
同年(1997年)、レビー小体の主成分がalpha-synuclein(αシヌクレイン)であることが発見されました。αシヌクレインに対する抗体で免疫染色を行うことにより、20年前(1978年)の小阪先生の見解である「脳幹のレビー小体と大脳皮質のレビー小体は同じもの」という主張が、完全に正しかったと証明されました。
また、免疫染色によって、小阪先生がHematoxylin-Eosin染色で記載していた「intraneuritic Lewy body」や「ghost Lewy body」、さらに微小構造である「Lewy neurite」までもが、誰でも明瞭に認識できるようになりました。これらを一括して「レビー病理(Lewy pathology)」と呼んでいます。
連載第15回はここまでとします。第16回で、またお会いしましょう。
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