レビー小体型認知症(DLB)を発見したのは、小阪憲司先生(2023年3月16日ご逝去)です。この連載コラムでは、小阪憲司先生の業績を中心に、DLB診療の進歩について、医療・医学に詳しくない方でも理解しやすいように努めて記述していきたいと思います。(文責:鵜飼克行、総合上飯田第一病院・老年精神科・部長)
連載:第16回
DLBDに関する国際ワークショップの開催(その2)
2003年に第3回の国際ワークショップがNewcastle upon Tyneで開催され、その成果が「DLB臨床診断基準・改訂版」として2005年に発表されました。
この頃の米国では、まだ「DLBはADの亜型(Lewy body variant)である」という考え方が支配的でした。
しかし、小阪先生が提唱した「LBD」という用語は、「DLB臨床診断基準・改訂版」に公式に記載されました。
ただ、残念なことに、我が国の研究者らが主張していた「MIBG心筋シンチグラフィ」の重要性は軽視されました(「示唆的特徴」ではなく、「支持的特徴」に分類されました)。
筆者は、小阪先生が「欧米人は日本人の研究業績を認めたがらない」と言うのを、何回か聞いた記憶があります。1970年代に欧州に留学した実体験からの印象でしょうか。
筆者も小阪先生に、「第1回(1901年)ノーベル医学賞をベーリングだけが受賞して、北里柴三郎が受賞できなかったのも、同じ理由ですか?」と尋ねたことを思い出します。
2006年には、小阪先生の根拠地であるYokohama(横浜)で、第4回国際ワークショップが開催されました。


前列の真ん中が小阪先生です。
この国際ワークショップは、小阪先生が主宰されました。
しかし、この時でも、まだ「DLBDをLBDスペクトラムとして把握する」ことは受け入れられませんでした。「PDをLBDに含めるのは駄目」「DLBはADの亜型」との欧米の主張を崩しきれなかったわけです。欧米人は、なかなか頑固? ですね。
小阪先生は、この第4回国際ワークショップ2006の主宰を契機に、日本に初めて、DLBの臨床や基礎を研究するための「レビー小体型認知症研究会(Japan DLB Research Association, DLB研究会)」を創設されました。

DLB研究会については、また別の回で述べたいと思います
連載第16回はここまでとします。第17回で、またお会いしましょう。
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